伊万里市出身の詩人・作家で歯科医師の片岡繁男(1915~2010年)は、自分に文学の指導をしてくれた師は伊万里の山河である、と常々語っていたそうです。
確かに彼の作品には、故郷、伊万里の歴史や風土が脈々と息づいており、年配の方には郷愁を誘い、若い人には自分と他者とのかかわりを教えてくれます。また、市内の多くの学校の校歌を作詩しており、まさに生涯を通じて「伊万里を生きた」文学者です。
このほど、小説・詩・エッセーなど、彼の多彩な作品を集めた著作集の第1巻が完成し、ご家族から当館に寄贈されました。最近は、郷土出身の作家や偉人を観光やにぎわい創出に利用する自治体が多いですが、単に顕彰するだけでなく、郷土の文学者の作品を読み味わうことが地域の文化基盤を育み、これを未来の世代へと継承していく営みになるのではないでしょうか。
(統括管理者 鴻上哲也)
<佐賀新聞 令和7年4月11日付「いすの木のもとで」より>
図書館は、だれもが自由に本を手に取り、知識を広げることができる大切な場所です。しかし、その自由の裏には「著作権法」という法律が存在し、私たちはそれを守る責任があります。
著作権とは、作家や研究者などが生み出した作品を適切に保護し、創作活動を支える仕組みです。無断でコピーを大量に作成し配布することや、インターネットに上げることは著作権法に違反します。
しかし公共図書館は、著作権法第31条で、図書館資料の複写が認められています。この法律にのっとって図書館では複写サービスを行っているので、さまざまなルールが設けられています。
例えば、一つの作品の半分まで、一人一部のみ、調査研究の範囲で許可されるなどです。著作者の権利を守りながら、市民が公平に情報を利用できるようにするために作られた条文で、どこの図書館でも順守されています。
著作権の重要性を理解して適切な利用を心がけ、図書館を正しく利用し、知識を広げる喜びを、未来へつないでいきましょう。
(館長 鴻上哲也)
<佐賀新聞 令和7年3月14日付「いすの木のもとで」より>
毎週水曜に、ボランティアの方が事務室で新聞記事の切り抜き作業をされています。伊万里市関連の記事を「週刊ニュース伊万里」として保存するためで、その後、職員がファイルにとじて、地域資料コーナーで閲覧に供しています。
新聞の地元記事は貴重な資料であり、これを整理保存することで、郷土史研究だけに限らず、社会問題や災害記録などを調査する際にも活用することができます。実際、図書館ではさまざまな調査研究に係るレファレンス・サービスを行っていますが、新聞記事は多くの案件で欠かすことのできない1次資料となります。
また、当館では古くは明治12年からの伊万里関係記事の抜書資料もあり、それらを活用して地域社会への理解や、世代間のつながりを促進することで、地域のアイデンティティーづくりに寄与することも期待されます。地味ですが、図書館が「知の拠点」と呼ばれるための重要な活動ですので、ほとんどの図書館で行われています。ぜひ、お近くの図書館で調べてみてはいかがですか。
(館長 鴻上哲也)
<佐賀新聞 令和7年2月14日付「いすの木のもとで」より>
伊万里市民図書館は今年で開館30周年の節目を迎えますが、実は開館前の9年間、市民有志による「図書館づくり運動」が行われていたことはあまり知られていません。
その中身は、有識者を招いての学習会、先進図書館の見学会、市長選立候補者への公開質問状など、草の根の学習と活動を重ねながら、市民運動の新境地を切り開いていました。それは、行政に対して、質問や揺さぶりをかけて要求を通そうとする従来型の市民運動ではなく、市民と行政がともに汗を流して素晴らしい図書館を作ろうとする姿勢を貫いたことです。
こうしてできた伊万里市民図書館は、「伊万里をつくり、市民とともにそだつ、市民の図書館」を合言葉に、図書館友の会組織である「図書館フレンズいまり」による協力と提言のもと、さまざまなボランティア団体との「協働」がずっと続けられてきました。
これからの30年も、伝統の上に新たな価値を創造することでさらなる成長を遂げようとしています。多彩な記念事業も市民の皆さんと計画中です。ご期待ください。 (館長 鴻上哲也)
<佐賀新聞 令和7年1月17日付「いすの木のもとで」より>
作家の柳田邦男さんが講演の中で、「絵本には、人生に3度読むといい時期がある」と話されました。1度目は幼い時、2度目は子育ての時、そして3度目は年老いて孤独や病にさいなまれた時だそうです。
絵本は、効果的な絵と短い文章で構成されているので、集中力が低下しがちな高齢者でも無理なく楽しむことができます。しかも、その内容は柳田さんが「絵本は、作家が人生で一番大事なことを書いている」と言うように、心に響くものがあります。
市内でも最近は、高齢者福祉施設やサロンなどで絵本や紙芝居の読み聞かせを行う所が増えました。私も時々読みに伺いますが、子ども以上に積極的に反応しながら聴いてくださる印象があります。多幸感を味わい、他者と交流する機会を提供できる絵本や紙芝居は、高齢者にとって人生をより豊かに生きるためのツールと言えるでしょう。 (館長 鴻上哲也)
<佐賀新聞 令和6年12月13日付「いすの木のもとで」より>
「うちどく」という言葉を聞いたことはありますか?家族で1冊の本を読み合い、感想を交流することで親子の絆を強めようとする取り組みです。伊万里市では2007年から、各学校で家庭と連携しながら行われています。
地域によっては、読み聞かせグループなどのボランティアが加わって、活動の場が広がってきている所もあります。そこで、本年度からは、地域ぐるみで子どもの読書を推進する「まちどく」という視点も加えることにしました。
12月7日には、市内の黒川コミュニティセンターで「第1回 佐賀うちどくまちどく講演会」が開催されます。読書離れが叫ばれる中、身近な所で、いつでもだれでも本に触れることができ、子どもの読書を家庭・学校・地域ぐるみで応援する「まちどく」に期待が高まります。 (館長 鴻上哲也)
<佐賀新聞 令和6年11月15日付「いすの木のもとで」より>
公共図書館は、自治体の予算で運営されるので、貸し出しはその地域に在住・在勤の方に限るなど、納税者である住民へのサービスが優先されます。ということは、その地域に住んでいなくても相応の税負担や寄付をすれば、住民並みの図書館サービスを受けられるという理屈にもなります。
実際、伊万里市では「ふるさと納税」で7000円以上寄付をした方は、返礼品とは別に図書館の利用者登録ができ、市外の方であっても1年間は市民と同様に本を借りることができます(金額によって有効期間は異なります)。
地域に関わってくれる交流人口と読書人口が増えることは、人口減少に悩む地方自治体にとって極めてありがたいことです。自分の読書環境を充実しながら、地域貢献もできる「ふるさと納税」による利用者登録制度。ご登録、お待ちしております。 (館長 鴻上哲也)
<佐賀新聞 令和6年10月18日付「いすの木のもとで」より>
「人間は考える葦(あし)である」とは、パスカルの有名な言葉ですが、インターネットの普及以来私たちは、ちょっとわからないことがあってもすぐに答えを見つけられるようになりました。
しかし、検索で得た正解は、自分で考えて出したものではありません。考えるために欠かせない条件は、だれかが書いたものを読んだり、だれかと議論したり、まとめて書いたりすることです。
実際、図書館では、読書会やワークショップ・懇談会・グループ学習会など、さまざまな人々が話し合いながら、思索を深める活動が多く行われています。先日も、環境問題と図書館の関係について市民と行政が議論する機会がありました。
図書館の存在意義は本を読むだけでなく、このような場を通じて、自由と民主主義が担保されることにあるのではないでしょうか。「考える市民になるためにこそ、公共図書館は存在する」(前川恒夫著『図書館の発見』より) (館長 鴻上哲也)
<佐賀新聞 令和6年9月20日付「いすの木のもとで」より>
司書なら知らないと「モグリ」と言われる、インドの図書館学者S・R・ランガナータンの「図書館学の五法則」の中に、第五法則「図書館は成長する有機体である」があります。図書館を単なる建物でなく生き物として捉え、常に変化や内的な成長がなければ死んでしまうと警告したものです。また、有田焼の人間国宝十四代今泉今右衛門氏は、当館での講演の際に「伝統は革新の連続だ」と話されました。どちらも、松尾芭蕉の「不易流行」に通じる考えです。
本来、芭蕉の俳諧理念としての不易と流行は、新しいことを求めて変化することが俳諧の本質であるとしたもので、どちらか一方を重視するものではありませんでした。しかし現代では「理念は不易で、技術は流行」のように、変えるべきものと変えてはならないものを区別する時に誤用されることが多いようです。両者を対極的に捉えるのではなく、その根本は一つだと理解して使いたい言葉です。 (館長 鴻上哲也)
<佐賀新聞 令和6年8月23日付「いすの木のもとで」より>
図書館フレンズいまりが主催した「俳句まつり」で、ある高齢の女性が入賞されました。
伊万里市民図書館の誕生日を祝う7月7日の「図書館☆まつり」で行われた表彰式に、その方が和服姿で出席しているのに感激した主催団体のスタッフの一人が、次のような歌を作ってその場でお渡ししたそうです。「着物きて表彰式におでましの九十二歳の俳句のまつり」
後日、女性の知り合いの方から、受賞したこともさることながら、「おでまし」と表現してもらえたことをとても喜んでいたと、うれしいご報告を頂きました。
イベントを開催すると、集客の結果にばかり目が向きがちですが、参加者数の多寡に一喜一憂するばかりでなく、このような心の触れ合いが生まれることにこそ、大きな魅力や意味があることを忘れてはならないと思います。 (館長 鴻上哲也)
<佐賀新聞 令和6年7月26日付「いすの木のもとで」より>