令和4年度

伊万里市の泉秀樹副市長がおすすめする本の書評を掲載しています。
紹介された本は毎回、市民図書館の中央サービスデスクで展示していますので、どうぞご覧ください。
本を読みたい方は予約もできますので「本の詳細」をクリックしてみてください。


令和4年4月
カエルの楽園』 百田尚樹/著 新潮社  「本の詳細

 昨年の秋頃から、私は澤田瞳子さんや檀ふみさん、また阿川佐和子さんや佐藤愛子さんなど女性作家が書かれた小説やエッセイを面白く読ませていただいており、今回はその中から書評を書きたいと思っていました。しかし、2月末突然にロシアがウクライナに対して、私達の想定外の理不尽な侵略戦争を始めたので、気持ちが変わってしまいました。それ以降は国内では物価が上がるなどの影響があったものの、地理的に遠く離れた場所のできごとなのであまり実感が湧きません。また、テレビのニュースや報道番組でこの戦争を知る機会はあるのですが、民放などの他の番組は相変わらずですし、私達に危機意識はあまりないのが正直なところでしょう。国連安全保障理事会の常任理事国であり、プーチン大統領が独裁的権力を握った軍事大国の核保有国でもあるロシアの暴挙は、アメリカと言えども、また多くの国が束になって制止しても止められないということを、私達は知ってしまいました。
 ロシアが始めた戦争は、ウクライナとの軍事力の差が大きいため短期間でロシアの勝利に終わるとの見方が大勢でした。しかし、ウクライナの男性は年齢に関係なく、また多くの若い女性達も祖国防衛のために立ち上がったことが、殆ど全世界の人々の感銘と共感を呼びウクライナを支援するようになったため、戦争は長期化の様相を呈しています。
 しかし、当初の予定が狂ったロシアが、民間人への無差別攻撃を常態化させたことにより、女性や子供達に悲惨な犠牲者が増えつつあるのも事実です。この状況を見て「早くウクライナは降服するべきだ。さもないと民間人の犠牲者が増えてしまう。」と発言する日本の有識者が多くいるようですが、「日本はアメリカ以外の国に占領されたことがないから、そんなことが言えるのだ。」と反論する外国人の声があるようです。民主国家とロシアのような専制国家では占領するにしろ、やり方が相当異なるということでしょう。
 いずれにしても、私達日本人はロシアが起こした侵略戦争について、自分の身に置き換えて考える必要があるでしょうし、今回の様々な教訓を ”他山の石”とすることが大切だと思います。それにしてもウクライナのゼレンスキー大統領は、前身が喜劇役者だということで軽く見る人達が多かったようですが、ロシアに対して、また全世界に対する毅然として堂々とした態度に評価を変える声が多いようです。国が危機に瀕した時、指導者の真価がわかるという良い事例でしょう。
 百田尚樹氏の『カエルの楽園』は、人間をカエルに置き換えて日本という国の現状や問題点を分かり易く書いたパロディーみたいな小説です。日本と他国との関係や私達の思考法に潜む危険性などが風刺的に描写されていて、納得させられたり共感できる部分が多くありますので、この機会に是非ご一読をお薦めします。


令和4年3月
石原慎太郎の思想と行為』 石原慎太郎/著 産経新聞出版 

 石原慎太郎氏が先月(2月)1日に亡くなられたので、今回は追悼の意味で石原氏について書かせていただきます。皆様もそうだと思うのですが、石原氏は文筆家としてよりも政治家としての印象が強い人でした。私自身は「尊敬する人は誰か?」と聞かれれば、今から20年位前からは司馬遼太郎氏と石原慎太郎氏と答えただろうと思います。石原氏に関しては政治家としてその存在感と、東京都が抱える多くの難題を次々に解決していく手腕と、戦略的な手法に感銘していました。
 石原氏のやり方は剛腕とも表現され乱暴に思われがちですが、よく調べればわかるように現実主義者(リアリスト)として、豊富な人脈や過去の経験等を活かしながらも、意外と緻密で繊細な考えのもとに卓越した実行力と行動力で、首都東京のステイタスを高める事に成功したと思います。加えて石原氏の非凡なところは、都知事であっても常に日本に対する思い(本人の弁では情念)を持っていて、それは氏の発言の端々や都知事時代にも多くの本を出していることでもわかります。
 『石原慎太郎の思想と行為』は石原氏のこれまでの著作を集めた本で、現在8巻が出版されていますが、石原氏は死の直前まで執筆を続けていたようですから、今後続編が出される可能性もあると思います。これらの本を読むと、国会議員や東京都知事として多忙で濃密な人生を過ごされた石原氏が、実は文筆家としても多筆だったことがわかります。収録されていないエッセイなどもあるようで、石原氏が書いた本はもっと多いと思われますが、百田尚樹氏が「文筆家が政治色の濃いものを書けば、その内容が俗に言う右であっても左であっても読者の半分を失う事を覚悟しなければならない。」と言われており、石原氏はそれにもかかわらず、堂々と自説を主張しているのが立派だったと思います。
 石原氏の本にはタイトルに「日本」を含むものも多く、愛国者で保守的な人間に思われがちなのですが、例えば『復権』、『国境』、『私の天皇』などの短編を読めば、単純な保守の人間とは異なる石原氏の考え方の一端がわかるのではないかと思います。また、石原氏の著作のジャンルは意外に幅広く、『法華経を生きる』などの宗教論や、石原氏らしい『スパルタ教育』などの教育論の本なども書かれています。文章の中で自らの印象に残っている国内外の作家の文章等を多く引用されているのがその特徴とも言えるようで、石原氏が多くの本を読んでいて、博学・博識であるのにも感心します。以前、『国家なる幻影』という本の書評に書いたのですが、石原氏が都知事時代に週末の記者会見の時、余談として記者たちに経験談や自身の意見などを話していました。私にはその内容が大変興味深く面白かった記憶があり、全部まとめれば相当のボリュームがあると思いますので、是非、本にして出版してもらいたいものだと思っています。
 先週、国際社会の警告や制止を無視してロシアのプーチン大統領がウクライナへの侵略戦争に踏み切りました。ロシアは国連安全保障理事会の常任理事国でもあり、本来は世界の平和と安全のために大きな役割を果たすべき国でなければならないはずです。以前から指摘されていた事ですが、安全保障理事会のあり方について、今回こそ議論すべきなのは明白でしょう。
 また、日本はロシアのウクライナ侵略に際して、欧米の後ろを恐る恐るついて行くだけで国際社会で積極的な発言もしませんし、ましてや世界平和のために主導的な役割を果たす事など念頭にもないようです。私は、石原氏が天国(?)から「日本はこれでいいのか?この国に誇りが持てるのか?」と私達に問いかけているような気がします。

※こちらの本は伊万里市民図書館にはありませんが、佐賀県立図書館が所蔵しております。(全8巻)
 市民図書館にお申し出いただきますと、県立図書館から本を取り寄せます。
 1週間程で到着しますので、市民図書館で借りることができます。どうぞご利用ください。


令和4年2月
旅の話・犬の夢』 江藤 淳/著 講談社  「本の詳細

 江藤淳氏は著名な文芸評論家であり、保守的立場の論客でもあったのですが、今から20年以上前に失意のうちに自裁されてしまいました。江藤氏の親友だった石原慎太郎氏は、「愛妻家だった江藤氏が妻に先立たれ、自身も脳梗塞などの病気をして気が滅入っている時に、身の回りの世話をしてもらう予定だった家政婦さんが台風のせいで何日か到着が遅れてしまい、不運が重なる中で発作的に行動を起こしたのではないか。」と言われ、大変残念がっておられました。私は、江藤氏の著書はほんの少ししか読んでないのですが、頭脳明晰な人だとわかりますし、その内容は分析が緻密で説得力があるものでした。
 『旅の話・犬の夢』は私が最近読んだエッセイ集で、その中の「病気の話」には共感しました。日本人と米国人が普段口にする話題の違いを取り上げ、国民性の違いを書かれているのですが、日本人が天気の話や病気の事を普通に話題にするのに対して、米国人には自分の病気の話などは弱音を吐くこととの考えがあり、殆どしないそうです。江藤氏の、日本人は自分は弱い人間だと相手に印象付けることで他人との関係をうまくやっていこうと考える、との指摘にはうなずける気もします。新型コロナに関しても、日本人はコロナに感染する事を重大視する傾向があるのですが、米国人は感染そのものには関心が薄いようで、両国の対応の仕方には大きな違いがあるように思えます。まあ、どちらが正解だとは一概には言えないのでしょうけど。
 それから江藤氏は、愛妻家であり愛犬家でもあったようで、飼い犬が寝ている時の寝顔をジッと見ていると、ニーッと笑ったり、時々小さく吠えたりして、犬が夢を見ているのに違いないと言われます。この他にも、この本には微笑ましく面白い犬のエピソードが書かれていますので、犬好きの方は是非ご一読いただけたらと思います。
 ここからは、今から10年以上前になりますが、私が飼っていた犬に関する少し不思議なエピソードを書かせていただきたいと思います。
 土地改良連合会のK氏に仲介していただき、東与賀町のある方から産まれたばかりのセルシーの雑種の雄犬をもらい受けたのは、平成7年の夏でした。名前を「コロ」(私は「コロ太君」と呼んでました)と付けて、目に入れても痛くないほど可愛がっていたのですが、その犬が15年余りの天寿を全うした時は本当に落ち込んでしまいました。
 それから半年位経ったある日の早朝、犬ではなく人間の夢(?)なのですが、眠っていた私に、「もう半年くらい、散歩に行ってない。」という声がはっきりと聞こえた気がしました。犬の死後、私は日課だった散歩に行かなくなったのですが、その日の朝から一人散歩に行くようになり、毎朝の散歩は今でもずっと続けています。
 その後、もうすぐコロ太君の一周忌という頃、私が通い慣れた上五島の磯で夜釣りをしていた時、磯際を流していたウキがフッと沈んだので合わせると、強烈な引きが手元に伝わってきました。苦闘の末に相棒のF氏にタモ網ですくってもらうと、体長70㎝位、後の計量で重さ4㎏足らずのこれまで見たことがない魚でした。釣り熱心なF氏は魚の名前に詳しくて、コロダイだと教えてくれたのですが、偶然にも私の愛犬と同じ名前なのには驚きました。コロダイを釣ったのが、後にも先にもこの一匹だけなのが不思議で、私はコロ太君を忘れないように釣らせてくれた魚だと今でも思っています。以前からお世話になっている瀬渡し船「好洋丸」の船長さんに撮っていただいたその時の記念の写真が、私のパソコンの初期画面になっています。  


令和4年1月
天、共に在り』 中村 哲/著 NHK出版  「本の詳細

 『天、共に在り』は、アフガニスタンの復興のためと言うよりも、アフガニスタンの人々のために文字通り生涯を捧げられた中村哲氏が書かれた本です。しかし、皆さんご存知のとおり、中村氏は今から2年程前、複数のアフガニスタン人により射殺されました。中村氏を襲った犯人は現在も不明で、テロリストによる犯行というのが一般的見解のようですが、その一方、中村氏のような有名人を殺せば有名になる、という考えを持つ人達による犯行との見方もあります。もしそんなことが動機であるのなら大変残念な気がしますが、それがアフガニスタンだとも言えるのかも知れません。
 中村氏は、アフガニスタンを理解する努力もせず、金銭を出すだけの各国の支援の在り方を批判されていて、特に軍隊を駐留させている米国はアフガニスタンの人々の反感を買うだけだと主張されています。自国本位の思考法による押し付け的なやり方ではなく、アフガニスタンの人々と接して、その考え方や現地の問題等を理解する努力をした上での、血の通った援助が大切だと言われています。アフガニスタンという国は、他国人が入国するだけでも大変危険であるのが現実ですが、そのアフガニスタンで中村氏は長年の間、医師として貧しい人々の病気やケガの治療などに献身的な努力をされました。
 しかし、根本的な原因となっているアフガニスタンの人々が抱える貧困の問題を、中村氏は何とかしなければダメだと気づき、長年の内戦により荒れ地や砂漠と化した土地を農地へ復元するため、自ら慣れない重機を運転して、多くのアフガニスタンの人々と共に農業用水路の建設に着手されます。中村氏は豊富な水量がある河川を水源として、その上流から水をひく長大で大規模な用水路の建設を地元の人々による人海戦術で進めることを決断し、すぐに実行に移されました。工事には多くの困難があり、アフガニスタンではコンクリートや鉄などの資材は入手困難なため、日本に古来から伝わる農業土木の技術を駆使し、様々な工夫がされたようです。例えば、用水路の護岸は針金で編んだ直方体型の籠(かご)に、現地に豊富にある石や岩を詰めたもの(通称「フトン籠」です)を使用して、それを積み重ねて頑丈にし、用水路の両岸には植樹をして、幅が広い緑地帯を設け、人々が暑さを避けたり、憩える場所にする工夫がされました。また、用水路で最も難しいのは、水を分水するための構造物(分水工)をどのように造るかなのですが、水勢に逆らうような構造になっておれば、増水時に水の勢いで壊れてしまう恐れがあります。中村氏は福岡県出身ということもあり、筑後川の中流域にある山田堰(やまだぜき)を何度も見に行かれ、その長所を生かした堰、すなわち分水工を造られたようです。このようにして、中村氏が中心となって造られた用水路により、1万数千haもの砂漠や荒れ地が実り豊かな農地に変貌し、農地からの作物の実りが多くのアフガニスタンの人々の生活を支え、人々の心に潤いを取り戻しました。
 大変困難な環境の中、アフガニスタンの人々のために大きな事業に挑戦し、多大な成果を挙げられた中村氏は、日本人の誇りであるとともに農業土木技術者の鏡とも言えますが、誰もが夢見るような事業に携われることをうらやましく思う技術者も多いことでしょう。また、この本では言及されていませんが、用水路建設の全体構想や全体計画(どれだけの農地を潤すか?水路を通す位置、水路の大きさや構造をどうするか?また水路の勾配や分水工の配置をどう決めるか?等)をどのように決められたのか、農業土木を専門とする私には大変興味があるところです。   



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