バックナンバー vol.6


伊万里市の泉秀樹副市長がおすすめする本の書評を掲載しています。
紹介された本は毎回、市民図書館の中央サービスデスクで展示していますので、どうぞご覧ください。
本を読みたい方は予約もできますので「本の詳細」をクリックしてください。


令和2年4月 『ふと目の前に』森繁久彌/著 小池書院 「本の詳細

 森繁久彌氏は私より上の年代の方であれば誰でも知っている国民的俳優と言えるような方で、文化勲章や国民栄誉賞も受賞されています。映画やドラマ、また舞台にも数多く出演されていて、中でも「屋根の上のバイオリン弾き」の舞台には感動したという方が大変多いようです。
 
森繁氏は本もたくさん執筆されていて、私も何冊か読んだことがあるのですが、自分の体験や考えを書いた自伝的エッセイが多く、なかなかの文筆家で辛口の評論をされる方です。森繁氏は敗戦時のいわゆる満州からの引き揚げ者で、その時の自らの体験や見聞したことを率直に書かれているのですが、それを読むと同じ日本人として憤りや悲しみ、当時のソビエト連邦に対する怒りを禁じ得ません。この大変な苦労と経験が、森繁久彌という傑出した人物(俳優)を生む元になったのかも知れませんね。
 
森繁氏が書かれた本は、人生経験が豊富な方だけに奇抜な逸話や味わい深い話が多いのですが、森繁氏は平成21年に亡くなられており、出版されて日時が経過した本も多くて、私はこの本を伊万里市民図書館の2階の本棚で見つけました。
 『ふと目の前に』も
森繁氏の経験を中心に書かれた短編集なのですが、本のタイトルになっている話はある舞台に出演された時の逸話で、「客席の一番前に座っている若い女性が芝居の間ずっと下を向いて居眠りをしているように見えた。出演した役者さん達は何とかその女性を起こそうと、わざと女性の近くで大きな声や音を出したりするのだが、ついに最後まで女性は顔を伏せたままだった。芝居が終わり拍手のために顔を上げたその女性は何と・・・だった。」という感動的な話です。その他の短編も考えさせられるものもあり、面白い話が多く載せられてますので読んでいただければと思います。

 これから以下は、余談になります。
 以前、大ヒットした加藤登紀子さんが歌う「知床旅情」は、
森繁久彌氏の作詞作曲によるもので、最初は森繁氏が自ら歌っておられました。森繁氏が大変味わい深い歌い方で「知床旅情」を歌われるのを、私は何度か聴いたことがあります。
 加藤さんの他にも何人かの歌手が「知床旅情」を歌っておられますが、3番の歌詞にある“ラウス(羅臼)の村”という所を”知床の村”と歌う方が何人かおられました。ラウスを知床に変えて歌われるのは何か理由があるのか、実際のラウスの村を自分の目で確かめてみたいと思い、4年前の7月上旬頃に知床半島への旅行を思いたちました。妻と二人で行ったのですが、中標津(なかしべつ)空港まで飛行機を乗り継ぎ、中標津からはレンタカーでラウスを目指しました。当日は大変天気が良く、行く手の右側に拡がる海には10km余りの距離に浮かぶ国後(くなしり)島が間近にあるかのように見えました。実は旅の目的の一つにこれまで見た事が無かった北方領土をこの目で確かめる事もあったのですが、北海道から見る国後島の近さに改めて驚きを感じたところです。
 道路を走る車も少なく、意外と短時間でラウスに到着し、早速ラウスの全容を見渡せるような小高い所から”村”を眺めて、自分なりに納得しました。
森繁氏が見た頃は、ラウスは鄙(ひな)びた村だったのでしょうが、現在では長大なコンクリートの堤防で囲まれた、日本各地にある近代的と言えるような港町に変貌していました。これなら「知床旅情」の歌の雰囲気から考えると、“知床の村”と歌って、聴く人に知床半島のどこか他の場所を連想させるのも仕方ないのかなと思った次第です。
 知床半島でも例外無く近代化の波が押し寄せている日本の現実には、少し寂しい気もしますよね。


令和2年3月 『迷いながら生きていく』五木寛之/著 PHP研究所 「本の詳細

 新型コロナウイルスによる感染症の蔓延防止のため、伊万里市内の殆ど全ての学校が3月3日から休校になりました。 唐突の感もある安倍首相の判断のようですが、中国や韓国の実情を考慮すれば、これ以上の蔓延を防止するための施策として現時点で取り得るやむを得ない措置なのではないかと思います。
 生徒の皆さんはこの機会を、自分のためにどのように有効活用できるかが問われていると思って、1日1日を有意義に過ごして欲しいと思います。その一つの方法として本を読むということがあります。私が皆さんにお勧めできる本は百田尚樹氏の『風の中のマリア』、新田次郎氏の『つぶやき岩の秘密』それに司馬遼太郎氏の『21世紀に生きる君たちへ』くらいしか思いつかないのですが、この3名の作家さんは皆すばらしい方々ですので、難しくない本もありますから他の本もあわせて読んでもらえればと思います。
 皆さん、伊万里市民図書館から本をたくさん借りて読んでくださいね。


 さて、今回は五木寛之氏の本をご紹介したいと思います。
 私たちの年代(60代前半です)の人なら五木寛之氏の本と言えば『青春の門』を思い浮かべるのではないでしょうか。我が家の本棚には若かりし頃夢中で読んだ記憶のある『青春の門』の文庫版が12冊程並んでいます。読んでからもう40年以上経ちますので、その内容はぼんやりとしか覚えていないのですが、主人公の信介シャンと織江の名前は今でも鮮明に覚えていますし、その名前を思い浮かべるだけで、今でも口の中が甘酸っぱくなる気がします。
 その後、『大河の一滴』という本を読んだのですが、当時は若輩者で未熟者でもあったが故に、その内容を理解できたのか甚だ疑問が残るところです。読んでまもなくの頃、当時佐賀県知事だった井本氏と懇親会の席でたまたま立ち話をする機会があり、その時井本知事に「私たちは大河の1滴分しかありませんけど、知事は2滴分も3滴分もあると思います。」と訳のわからない事を言ったような記憶があり、自分に対して今でも恥ずかしさで顔が赤くなる気がします。
 この『迷いながら生きていく』という本は私を含んで熟年を迎えた人達や、年齢を重ねて第二、第三の人生を歩み始めた人達向けに執筆された本です。人の寿命が年々伸びて、今では人生100年時代と言われるようになりましたが、そのため仕事はもちろん、自由に使える自分の時間が増えました。その結果としていろいろな事を考える時間も増えたのですが、残りの人生をどのように考え、どのように生きて行けば、自分なりに満足した生き方ができ精神的に楽に生きてゆけるかが書かれています。特に”孤独”と”孤立”は違うものであって、人は生まれる時も死ぬ時も自分一人であり孤独なのだから、生きてゆく中においても孤独は決して避けるべきものではない。孤独であることと幸せを両立する方法を自分なりに見出していく事が必要であるなど、考えさせられ納得させられる事がたくさん書かれています。

 五木氏は国内の多くのお寺を廻る、いわゆる「百寺巡礼」を体験されており、そのためか私からみれば悟りの境地に達しておられる人のような気がするんですが、この本に書かれている事は味わい深いと言いますか、ごく自然に受け入れることができるような気がします。
 四国巡礼をされたものの殆ど人格的成長がみられなかった、ある総理大臣経験者の方とは雲泥の違いがあるようですね。ご自分が少々高齢者になったなと思っている皆さん、是非一度読んでいただいて人生の参考にしていただければと思います。



令和2年2月 『逆説の日本史』井沢元彦/著 小学館 「本の詳細

 数年前から私は、井沢元彦氏の『逆説の日本史』という本にはまってしまったのですが、少し耳に違和感のある「逆説の」という意味は、日本史の通説の誤った部分を指摘し、「真実の歴史」を探るという意味合いがあると理解しています。この本の中で井沢氏は、通説が何故誤っているのかを明快に解説し、真実はこうではないかと説得力のある根拠に基づき説明・解説されています。
 私は大学受験では日本史ではなく世界史を選択したのですが、その理由の一つ目は、高校で世界史の授業が日本史に先行するため早く勉強にとりかかれること、二つ目は日本史の教科書の内容が無味乾燥であり記憶するだけであれば、世界史のほうが少しだけ味もあるし面白いように感じたことくらいでしょう。
 もうすいぶん昔の事ですので、現在では少しは事情が変わっているのかもしれませんが、できれば多くの学生の皆さんが日本史を面白く感じて選択するようになればいいですね。
 私は司馬遼太郎氏や吉村昭氏の歴史小説などを読むことで、少しづつ日本の歴史に興味を持てるようになったのですが、決定的だったのはやはり『逆説の日本史』という本に出会ったことです。現在では24巻まで発行されていますが、ページ数も多く内容もある本ですので、全部を読破するには1年位はかかるのではないかと思います。
 それから高校生以下のみなさんは、まだ読まないほうが無難かと思います。理由は何となくわかると思いますが、高校を卒業してからじっくり読むようにしてくださいね。 
 これから時々、何回かに分けて『逆説の日本史』の内容などを紹介したいと思いますのでよろしくお願いします。


令和2年1月 『走り続ける力』山中伸弥/著 毎日新聞出版 「本の詳細

 京都大学iPS細胞研究所の所長をされている山中伸弥氏がノーベル生理学・医学賞を受賞されたのは、もう今から8年前の事になります。ノーベル賞受賞以来、山中氏はよくテレビ等のメディアに出演されるようになったので、皆さんそのお顔はご存じの方が多いと思うのですが、私はメガネをかけた細面のやさしそうな顔に、時々鋭い厳しそうな光を放つ目をお持ちの方だな~と思い、見てました。
 この本を読んでみますと、山中氏はやはり仕事の面では非常に厳しい方だったようで、その厳しさは「人の命を救うことに少しでも貢献する」という使命感によるものだということがわかります。
 私は武骨な土木関係(農業土木)の人間ですので、一つ一つの細胞の中に遺伝子があり、その遺伝子を構成する素材(塩基?)の組み合わせの微妙な違いにより、各々の細胞の役割が決まってくる事など、気の遠くなりそうな程ややこしく、理解する能力を持ちません。また、膨大な種類がある遺伝子の役割を一つ一つ解明する研究など、考えただけで気が狂いそうになります。全ての細胞に変化するiPS細胞の発見という偉大な成果も、そうした地道な研究の延長線上にあったのでしょう。
 この本のタイトルである『走り続ける力』は山中氏の趣味がマラソンであること、研究もまたマラソンと似たようなものであることから付けられたようですが、山中氏はマラソンにはゴールがあるが、研究には必ずしもゴールがあるかどうかはわからないと言われています。ゴールという答えがあるかどうかわからない研究に一生を捧げると考えると、私は二の足を踏んでしまいますが皆さんはいかがでしょう?
 それから山中氏は、年に数回米国に行かれるそうですが、彼ほどの人でも米国の優れた研究者諸氏からは学ぶべき所が多く、精神の薫陶にもなるそうです。
 よく言われますが日本は一度失敗すればダメという文化だが、米国は何度か失敗しても次に成功すればという考え方(文化)であると。このことを山中氏は「日本は直線的な文化、米国は円の文化」であると言われています。やはり日本に較べて米国のほうが包容力があるというか、おおらかなのでしょうね。



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