
平成30年6月号
松瀬七織/再話 イ ヨンギョン/絵 福音館書店
むかし、地主(じぬし)の家(いえ)に羊飼(ひつじか)いの男(おとこ)の子(こ)がいました。いつも羊(ひつじ)を草原(そうげん)に追(お)い、草(くさ)を食(た)べさせました。男の子は、地主からツァンパという食(た)べものをすこししかもらえず、ひもじい思(おも)いをしていました。
ある日(ひ)、男の子がツァンパを食べようとしたとき、うさぎが一羽(いちわ)いました。男の子がうさぎにツァンパを食べさせると、うさぎはきれいに食べ草むらにすがたをけしました。
まいにち、うさぎがくるようになり百日目(ひゃくにちめ)のことです。ツァンパを食べおえたとたん、うさぎは消(き)え、白(しろ)いひげ、白い服(ふく)のおじいさんがあらわれました。「わしは天(てん)の神(かみ)だ」とおじいさんはいったのです。
えほん
さくら文葉/作 佐竹美保/絵 PHP研究所
大(おお)きなおしろのそばの広(ひろ)い原(はら)っぱの小川(おがわ)には、たくさんのおたまじゃくしが生(う)まれます。そのなかに食(く)いしんぼうのおたまじゃくしがいました。いつも「おいしいものを おもうぞんぶん食(た)べたい」とおもっていました。おたまじゃくしの食(く)いしんぼうぶりに、川辺(かわべ)のやなぎがなんとかしてやりたいとおもいました。やなぎは「おしろの王(おう)さまのスプーンになれば、ごちそうが食べられる」とおしえてくれました。
おたまじゃくしは王さまのりっぱなスプーンになることにきめました。そこでやなぎは北風(きたかぜ)にたのむことにしたのです。
低学年から
エリナー・クライマー/作 クルト・ヴィーゼ/絵 小宮由/訳 徳間書店
パイパーさんは、バスの運転手(うんてんしゅ)です。町(まち)の人(ひと)たちがバスにのったり、おりたりするのを見(み)るのがすきでした。
ある日(ひ)、パイパーさんが家(いえ)にむかっていると、くびわをつけていない茶色(ちゃいろ)い子犬(こいぬ)がいました。子犬に声(こえ)をかけると、パイパーさんの部屋(へや)までついてきました。べつの日、パイパーさんが家にかえると、ねこがいました。つぎはひよこがやってきて、パイパーさんのうちは、動物(どうぶつ)たちでにぎやかになっていました。みんないくところがない動物たちです。けれども、大家(おおや)さんはアパートからでていくよういいました。こまったパイパーさんは、バスに動物たちをのせて出発(しゅっぱつ)したのです。
さてみんなはどこにむかったのでしょう。
中学年から
高楼方子/著 大野八生/画 福音館書店
ポイット氏(し)は夕暮(ゆうぐ)れの船着(ふなつ)き場(ば)で、船(ふね)を待(ま)っています。期待(きたい)と不安(ふあん)で緊張(きんちょう)しながらも、やはり乗(の)れませんでした。
ここの人(ひと)びとは〈フラココノ実(み)〉なる果実(かじつ)を食(た)べないとなにもやっていかれないというふしぎな体質(たいしつ)をしています。その実は湖(みずうみ)に浮(う)かぶフラココノ島(とう)に実(みの)り、時期(じき)がくると島(しま)に渡(わた)り食べるのです。遠(とお)い夢(ゆめ)のような味(あじ)のする実ですが、〈食べ時(たべどき)〉がくるまで島(しま)に行(い)きつくこともできません。ポイット氏は食べ時が訪(おとず)れたかに見(み)えた18歳(さい)の夏(なつ)から、25回(かい)の挑戦(ちょうせん)と失敗(しっぱい)という島行き未遂(みすい)記録保持者(きろくほじしゃ)だったのです。
ある日ポイット氏は知(し)らない女性(じょせい)に「まだ実(み)を食(た)べていませんね」と声(こえ)をかけられます。なぜ食べていないことがわかったのでしょう。それには秘密(ひみつ)があったのです。
高学年から